初めてみことばをもらいました

 
 

日曜日、集会に行く車に乗ってきた祖父が、ニコニコしながら「みことば、初めてもらったぞ!」と、言ってきました。 前日に、母から「幼な子の時はね、聖書をパカッと開けて、目がいったところに、イエス様からのみことばが書いてあるよ!」と教えてもらっていたそうで、言われた通りにやってみたそうです。
祖父は兄弟姉妹がどうしてみことばをもらったと分かるのか、私にも質問してきていましたし、不思議がっていました。そんな祖父だったので、私にとってもうれしい報告でした。

祖父が、イエス様から初めていただいたみことばは、イザヤ1章13節でした。

イザヤ1:13
「あなたがたは、もはや、むなしい供え物を携えてきてはならない。薫香は、わたしの忌みきらうものだ。新月、安息日、また会衆を呼び集めること―わたしは不義と聖会とに耐えられない。」

祖父は、「供え物はダメってことだなぁ。おばあちゃんがもういい!!って言ってるんやな」と、笑っていました。私は、祖父がいただいたみことばを聞いたとき、「イエス様、ありがとう」と思いました。
祖父は、祖母が亡くなってから、仏壇はないものの、「自分だけ食べたら、怒られるからな・・・」と、祖母の好きだった物を買ってきては写真の前に供えていました。私は、「おばあちゃんは天国に帰って、もっとおいしい物食べてるから大丈夫だよ!」と話してきたのですが、おじいちゃんは「自分のためでもあるから」と言って、なかなか受け入れることができませんでした。今までずっと一緒にいた祖母がいなくなってしまった寂しさを、供え物をすることでまぎらわしていることはよく分かりました。その時の祖父は、信仰も弱かったので、供え物をすることを否定するのではなく、寂しさにひたって元気がなくなってしまうことがないように、そばにいる私たちとの交わりを大切にしながら見守っていました。そして、「イエス様、おじいちゃんが分かるように語ってくださったことを感謝します 」と祈り求め続けていました。

そんな経緯があったので、祖父が意思を向けて聖書を開いたとき、イエス様が祖父に直接語ってくださり、本当に感謝でした。あんなに、納得できるように説明しても、なかなか供え物をやめられなかった祖父が、イエス様に言われたら、すぐに理解力が与えられ解放されたこと・・・祖父もイエス様の声を聞き、みことばに従う真のクリスチャンになったのだと、うれしくなりました。
もちろん、祖父に働きかけた期間に蒔いた種も決して地に落ちることはありませんでした。 そのことも、イエス様は教えてくださいました。本当にイエス様はやさしいです。

そしてその日の集会で、ローマ14章から改めて【信仰の弱い者を受け入れなさい。ただ、意見を批評するためであってはならない。ある人は、何を食べてもさしつかえないと信じているが、弱い人は野菜だけを食べる。食べる物は食べない物を軽んじてはならず、食べない物も食べる者をさばいてはならない。神は彼を受けいれて下さったのであるから。他人の僕をさばくあなたは、いったい、何者であるか。彼が立つのも倒れるのも、その主人によるのである。しかし、彼は立つようになる。主は彼を立たせることができるからである。】と語られたこと・・・

集会の時は気づきませんでしたが、集会後イエス様が祖父のことに対しても語って下さっていたのだと分かり、神の愛と緻密なご計画に感動しています。
祖父は立つようになる! イエス様は祖父を立たせることができるからである!! アーメンです。 イエス様は祖父にみことばを与え、立たせてくださいました。
祖父の内にはイエス様がおられ、イエス様のみことば、神の思いが分かるよう聖霊が導き、助けてくださる・・・神が約束してくださったその力は本物であり、みことばをいただけることは、その証なのだということも、改めて教えていただきました。

みことばをいただくと、イエス様と自分との距離がとても近くなります。
これからも、イエス様との絆がますます強くなるように、祖父にはたくさんのみことばをもらってほしいなと思います。