酒の霊に支配された夫を通して語られたこと

 
 
救われた後、最初に私が変わったのは「全てのことに感謝する心で生活できるようになった」という事でした。暑い日、突然吹く風もイエス様だと感じ、感謝しました。毎日何でも感謝する心で、イエス様を体験しながら生きていくように教えて下さいました。どんな訓練が来ても難しくなく、勝つ事ができました。でも、訓練を受ければ受けるほど、肉の考え(自分の考え)が強くなり始めました。そうなればなるほど、訓練は大変だと感じるようになりました。私の純粋な信仰が変わっていきました。その時から私の訓練が始まったと思います。それは私の純粋な信仰を奪おうとしてくるサタンとの戦いでした。純粋な信仰を忘れた時、私は訓練を避けたいと思っていました。私が、「嫌だ」「やりたくない」と言う時には、サタンが攻撃してきました。嫌だ、やりたくないという心を持てば持つほど、サタンはそれを使いました。夫は信仰が弱かったです。牧師と副牧師が時々日本から韓国にきてくれましたが、一人で信仰生活をし、戦っていました。こんな生活は本当に大変だと思っていました。最初は、「主によって何事でもすることができる」と思っていましたが、徐々に肉の思いで全てをしていて、問題が起きたら、「本当に大変だ。疲れる」と思うようになりました。今になって振り返ってみると、救われた時には訓練が大変だと感じませんでしたし、たとえ訓練を受けていても、訓練だと思わないぐらいの強さがありました。でも、純粋な信仰を忘れた私に訓練は続き、どんどんもっと大きい訓練となり、私自身が大変になった時、頭でどのようにしようかと考え始めたため、ますます大変になりました。私は夫がお酒を飲むたびに、結婚したことを後悔するようになり、イエス様に「あなたが与えたたった一人の人ではないですか?あなたが下さった人ではないですか?それなら、なぜ夫はお酒を飲み、こんな生活をするのでしょうか?」と文句を言いました。肉が大変になり、サタンが見えず、どんどん血肉の戦いになりました。救われた時にもった純粋な心、喜びを忘れてしまったら、ダメだということがよく分かります。最初は大変だという思いもありませんでした。純粋な信仰をずっと持っていたら、夫をもう少し早くお酒の獄舎から解放させることができただろうと思います。イエス様は、私にみことばで知らせてくれていましたが、悟れない時があり、聖書を読んでいても、結局自分のやり方を行なっていたため、問題をもっと複雑にさせる時がありました。自分のやり方ではなく、純粋な信仰をもってみことばに従っていたら、どんな訓練も克服できるようになります。本当にそのように思います。私は自分の考えを、なんとも思わずに伝えていました。自分が正しいと思うこと(この世の常識=儒教)を伝えた時、相手と問題が生じたり、もめ事(けんか)が起きました。その行動に対する結果は全て失敗でした。イエス様に聞かずに自分で他の人に有益だと思うことを伝えても、問題になるだけで、互いに何の助けにもならないという事を悟りました。結局問題は、イエス様に求めず、自分が正しいと思うことを伝える私にありました。純粋な信仰は他の人の態度が重要なのではない事を悟りました。状況に対する私の心が重要だということを悟りました。私の心がどんな状態か、イエス様はそれを見ておられ、勝利できるように訓練して下さるということが分かりました。どんな状況でも、真理を悟り、語り、行動する自分に力があることを知りました。一番大変な訓練でした。一番近くにいる人を使った訓練だったからです。しかし、一番弱い部分が一番強くなるようにイエス様は訓練して下さっていました。大変でしたが、私には有益な訓練だったと思います。相手の状態は鏡であり、全ての問題は相手に原因があるのではなく、私自身にあると悟った時に、夫が変わりました。夫が素晴らしい夫になったのです。夫がお酒を愛する霊力から解放されて一か月ですが、夫は素晴らしいクリスチャンになりました。少し前までは、私が「問題が生じた」と言ったら、人間的な相づちを打っていましたが、今はみことばを言ってくれる夫になりました。痛かったり、大変な時には、薬を求めてくる人でしたが、今は祈りを求めてくる人になりました。生活面でも、今までは仕事が終わって家に帰ってきたら、自分の事を優先する人でしたが、今は自分には何ができるだろうか?と考え、私たちに気を遣ってくれる人になりました。餅をつくって客を待っている時間には、テレビを見たりインターネットをし、「面倒くさい」が口癖だったのに、今は新しい餅を開発したり、聖書を読んで時間を送るようになりました。今までは私が出したアイディアに対して、「分かった」と言うだけで、行なおうとはしませんでしたが、今は一緒にやってみようと言ってくれます。どんな話をしても、「そうなんだ」「偶然じゃない?」と言っていた夫が、みことばで会話できるようになりました。同じ人ですが、内面が完全に変わったため、違う人と一緒に住んでいるような感じです。私たちは2008年に出会いましたが、今が一番素晴らしい夫であり、初めて見る姿です。