今週のぶどうの木メッセージ

 
 

「齊藤諒の生きる力」本日発売!!
2017/9/1 ブログより

 
本日、「齊藤諒の生きる力 四肢麻痺と人工呼吸器装着の僕が伝えたいこと」が、全国書店にて発売されます!!amazonでもお買い求めできます!
 


 
運命を変えて、天命を生きる!
16歳という若さで四肢麻痺となった著者が綴る、渾身のノンフィクション。
「死んだましだ!だからといって自分で死ぬこともできない・・・・・・この前まで、大好きな野球に明け暮れていた自分が、こんな身体になるなんて!」
絶望の淵から救ってくれた「聖書」の教え。
苦しみの中で希望を得た著者が今、この時代を生きる人たちにもっとも伝えたいことを書く。


著者の齊藤諒兄弟からです。

待ちに待っていたこの日がいよいよ来ました。

イエス様は僕にとって新たな一歩を与えてくれました。

マタイによる福音書5章14節~16節
あなたがたは、世の光である。山の上にある町は隠れることができない。また、あかりをつけて、それを枡の下におく者はいない。むしろ燭台の上において、家の中のすべてのものを照させるのである。そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かし、そして、人々があなたがたのよいおこないを見て、天にいますあなたがたの父をあがめるようにしなさい。

聖書は真っ暗だった僕の心に光を与えてくれました。

今度は僕が聖書の光を伝え広げていきます。

イエス様、文芸社の皆さん、ぶどうの木の神の家族たちに、感謝です。ありがとうございました。

これからも感謝し福音していきます。

全ての栄光をイエス様に帰して。

アーメン。


ぶどうの木10年目最後の日という素晴らしいタイミングで、イエス様はこの本を出版させて下さいました。
読者の皆さんに「生きる力」を与える一冊です!!
ぜひ、ご一読ください。

イザヤ12:3~6
あなたがたは喜びをもって、救の井戸から水をくむ。その日、あなたがたは言う、「主に感謝せよ。そのみ名を呼べ。そのみわざをもろもろの民の中につたえよ。そのみ名をあがむべきことを語りつげよ。主をほめうたえ。主はそのみわざを、みごとになし遂げられたから。これを全地に宣べ伝えよ。シオンに住む者よ、声をあげて、喜びうたえ。イスラエルの聖者はあなたがたのうちで大いなる者だから」。

アーメン!
 
 
 
 

信仰をもって強く立ち上がる時―起きよ、光を放て!―
2024/5/13ブログより

 
 
holygirlです。
 
4月13日に東京・池袋で行われた「パンデミック条約」に反対するデモ行進は、全国から約2万人の人々が立ち上り参加しました。「パンデミック条約」とは、新型コロナウイルス感染症対応の教訓を踏まえて世界保健機関(WHO)が、5月の総会での採択を目指す、権限強化などに向けた条約であり、その目的を簡潔に言うなら、「強制ワクチン接種を可能にし、反対する者には刑罰を与えることもできる」というものです。日本の大手メディアは一切取り上げませんでしたが、海外では大きな話題となり、このデモによってアメリカの上院議員たちが立ち上がり、WHO脱退へと動き出しました。日本も、この状況から逃れるためには、WHOを脱退するしかありません。武見厚労大臣とWHOのテドロス事務局長はとても親しく、日本はどこの国よりもWHOの言いなり⇒世界的首謀者となってきましたが、このデモには効果があり、WHOはIHR(国際保健規則案)にあった危険条項を大量に削除し、後退し始めました。しかし、まだ戦いは続いています。そして、さらに大きな計画も動き出していました。
 
皆さんは、ご存じですか?今この日本が、「日本人虐殺計画」「日本国土アウシュビッツ化」に向かっていることを!かつてヒトラー政権時代のポーランド・アウシュビッツ収容所で、たくさんのユダヤ人がガス室に閉じ込められ虐殺されました。国民の声を一切聞かない、独裁政治。それが日本でも現実化してきています。
政府は密かに「新型インフルエンザ等対策政府行動計画改定案」を打ち出していました。そのパブリックコメントをゴールデンウイーク期間中に募集し、締め切りは5月7日18時まででした。これは政府が感染対策を名目に“偽・誤情報”を常時監視し、SNS等のプラットフォーム事業者に削除要請も法的に可能になるものです。監視の対象は、「ワクチン接種や治療薬・治療法に関する科学的根拠が不確かな情報など」「いわゆるフェイクニュースや真偽不明の誤った情報など」と例示されており、政府のさじ加減でいくらでも対象範囲を拡大できるようになっています。また、監視を実施するのは、厚労省や昨年9月に発足されたばかりの「内閣感染症危機管理統括庁」と想定されていますが、限定されているわけではなく、他の省庁が実施できる余地も残されています。つまり政府は感染症対策を理由に、ワクチンや治療薬の危険性を訴える声を“偽・誤情報”とみなすだけではなく、全ての分野における不都合な情報を弾圧しようと目論んでいると考えられます。そのような改定案が6月に閣議決定されようとしているのです。
どれだけの国民がこのような改定案があることを知っていたでしょうか。相変わらず、どのマスコミも一切報道していません。皆の気が抜けているゴールデンウイークを狙ってパブリックコメントを募集する政府のやらしさ、狡さ・・・それでも、政府が邪魔者扱いしているSNSやYouTubeなどのプラットフォーム事業者による情報提供によって、パブリックコメントは18万8000件を超えたのでした。締め切り日となった7日には1分間に1000人がコメントをあげたそうです。
しかし、今後4000人の治験が終わっているレプリコンワクチン(新型コロナウイルスに対する新しいタイプのmRNAワクチン。製造元:Meiji Seika ファルマ株式会社)を国民全員に接種させたい政府は、このパブリックコメントも形だけで、平気で無視し、推し進めようとしています。本来、サルで実験を繰り返し安全性を確認するはずが、サルは一匹700万円するからと、すぐに人間で治験を行う恐ろしさ・・・「日本を治験できる国にします!」と言った岸田首相の言葉!私たち国民は猿以下のモルモットか!?いい加減にしろ!と思います。現在、日本でコロナワクチン未接種者は国民の15%ですが、このレプリコンワクチンは接種者はもちろん、接種者を通して未接種者含む全ての人々に悪影響を及ぼし、死に至らしめるのだと、長年ワクチンを研究してきた方々が警鐘を鳴らしています。まさに、日本人虐殺計画の始まり、広島、長崎に続き、3発目の原爆が日本全土に落とされようとしているのです。
 
情報弱者たちは、「まさか国がそんなことをするはずがない」と言います。今でも、ワクチンに反対する人々を陰謀論者と決めつけ、彼らにとっては、“偽・誤情報”を政府が監視してくれる改定案は万々歳かもしれません。しかし、コロナワクチン接種を7回目まで続けているのは、今や世界的に見て日本だけです。それに伴って、ワクチン後遺症患者が増え、超過死亡数が大災害が起きた年よりも多くなっています。政府はワクチンとの因果関係をほとんど認めずに来ました。その政府が何を根拠に“偽・誤情報”だと判断するのでしょうか。医者、マスコミ、政府、経団連など、今まで国民が信じて疑わなかった立場の人たちが、国民をだまし、生物兵器と言われるコロナワクチンを接種し続けてきた事実・・・自民党副総裁の麻生太郎氏が、コロナパンデミックが起きた当初に葬儀屋の株を買い占めたと聞いていましたが、今、関東圏では火葬場が2週間待ちだそうです。それだけ多くの国民が亡くなっているという事です。
ワクチン接種をしてすぐに命を落とせば原因はワクチンだと疑えますが、コロナワクチンは生物兵器であり、製造元の一つであるファイザー社はすでに1291種類の副反応があることを発表している通り、ありとあらゆる病気で亡くなる可能性があるため、その死亡理由も、命を落とすまでの期間も人それぞれです。実に巧みに、国民は死へと誘われているという事です。世界的には、今や死産の原因の80%が母親がワクチン接種者であったという論文も出ているそうです。
そして、関東圏の葬儀屋のほとんど中国人経営者になっていると言われています。「国がそんなことをするはずがない」と言いますが、政府の中にどれだけの純日本人がいるのでしょう・・・売国奴が大勢います!今だけ、金だけ、自分だけしか見えていない悪人が、この国を、国民を滅ぼそうとしています。しかし、実際自分たちだけがそんな世界に残ってどうなるのでしょう。まさに後先考えずに、愚かなことをしていますが、それが悪魔に心を奪われた人間のすることなのだと、聖書真理を知っている私たちには解ります。また、日本政府の上に、彼らをも操る人たちがいることを私たちはこのコロナ禍で聖霊により知らされてきました。ディープステート、悪魔崇拝者と呼ばれ、世界を支配している1%にも満たない人々です。彼らに「言いなりにならなければ、命をとる。家族にも危害を加える」と脅されれば、日本政府の役人も言いなりになるしかないでしょう。人間は究極、自分を守りたい、自分さえ良ければいいのです。
 
このような日本の最悪な状況に対して、再び東京で5月31日(金)正午から第2回目のデモ行進、国民運動が行われます。日比谷公園の中の日比谷野外音楽堂(3000人収容)からスタートし、すぐ目の前にある厚生労働省の庁舎、そこにいる武見厚労大臣に3000人の声を届けます。銀座に向かって行進し、ゴールの終着地点付近にはレプリコンワクチンの製造元であるMeiji Seikaの本社があります。そこでシュプレヒコールをするそうです。(これを宣伝していたYouTubeはすでにバンされています) 今回は100万人規模のデモ行進を目指しているそうで、国民一人一人の目覚めと、自発的な参加が求められています。この国を守るために!次世代に日本を残すために!と立ち上がっている人々がすでに大勢いることがこの国の希望です。
そんな中、前日の5月30日(木)に、政府主導、政府公認であろうファシズム(企業社会主義)の1万人大会を行うと・・・主旨は感染症対策、政府行動計画の推進、緊急事態条項の推進であり、財界、経団連、医学界(獣医師会、病院連合含む)によって行なわれます。動員型ですが、人は集まっていないそうです。なんでこんな時期に行うのかと疑問の声も上がっているとか・・・明らかに翌日のデモ行進を邪魔しに来ているだけ。全大手メディアも推進するということで、5月31日のデモ行進ではなく、この大会を報道する目的で政府が仕掛けているのがわかります。4月13日のデモ行進も日本初の大規模デモだったにも関わらず、参加人数がデモの半数だった渋谷のLGBTQのパレードだけをメディアは報道しました。本当に姑息な手段をとってきます。
 
ここまで、今の日本の動き、危機を書いてきましたが、アメリカの不正選挙でバイデン氏が大統領になってから、コロナ禍に置かれた2020年から2024年に至るこの4年間は、サタンの最後の悪あがきを見届ける期間でもありました。そして、今ついに日本も来るところまで来て、日本人は生きるか死ぬかの状況に立たされています。その中で、私たちは国籍が天にあるクリスチャンとして、闇側の策略、聖霊対悪霊の霊の戦いであることを知り、とりなし祈ることができる者であるのだと、今週の集会で語られました。今まで私たちが聖霊によって知らされ、貴重な情報を与えてきて下さった人々が一つになって、大きな悪の勢力に対抗している姿を見せられ、応援すると共に、彼らがイエス・キリストをカシラに、神の守りの中で一つになっていくこと、悪霊の存在を知り、キリストの権威を得ることを祈り求める思いが強められます。
そして、テモテへの第2の手紙2章が与えられ、私たちクリスチャンはキリスト・イエスにある恵みによって、サタンに対し、また張り巡らされて来た律法に対し、強くなりなさい!神に知恵をもらって賢くなりなさい!ひるんでいる場合ではない!と語られました。
 
第2テモテ2章
そこで、わたしの子よ。あなたはキリスト・イエスにある恵みによって、強くなりなさい。そして、あなたが多くの証人の前でわたしから聞いたことを、さらにほかの者たちにも教えることのできるような忠実な人々に、ゆだねなさい。キリスト・イエスの良い兵卒として、わたしと苦しみを共にしてほしい。兵役に服している者は、日常生活の事に煩わされてはいない。ただ、兵を募った司令官を喜ばせようと努める。また、競技をするにしても、規定に従って競技をしなければ、栄冠は得られない。労苦をする農夫が、だれよりも先に、生産物の分配にあずかるべきである。わたしの言うことを、よく考えてみなさい。主は、それを十分に理解する力をあなたに賜わるであろう。
ダビデの子孫として生れ、死人のうちからよみがえったイエス・キリストを、いつも思っていなさい。これがわたしの福音である。この福音のために、わたしは悪者のように苦しめられ、ついに鎖につながれるに至った。しかし、神の言はつながれてはいない。それだから、わたしは選ばれた人たちのために、いっさいのことを耐え忍ぶのである。それは、彼らもキリスト・イエスによる救を受け、また、それと共に永遠の栄光を受けるためである。次の言葉は確実である。「もしわたしたちが、彼と共に死んだなら、また彼と共に生きるであろう。もし耐え忍ぶなら、彼と共に支配者となるであろう。もし彼を否むなら、彼もわたしたちを否むであろう。たとい、わたしたちは不真実であっても、彼は常に真実である。彼は自分を偽ることが、できないのである」。
あなたは、これらのことを彼らに思い出させて、なんの益もなく、聞いている人々を破滅におとしいれるだけである言葉の争いをしないように、神のみまえでおごそかに命じなさい。あなたは真理の言葉を正しく教え、恥じるところのない錬達した働き人になって、神に自分をささげるように努めはげみなさい。俗悪なむだ話を避けなさい。それによって人々は、ますます不信心に落ちていき、彼らの言葉は、がんのように腐れひろがるであろう。その中にはヒメナオとピレトとがいる。彼らは真理からはずれ、復活はすでに済んでしまったと言い、そして、ある人々の信仰をくつがえしている。しかし、神のゆるがない土台はすえられていて、それに次の句が証印として、しるされている。「主は自分の者たちを知る」。また「主の名を呼ぶ者は、すべて不義から離れよ」。大きな家には、金や銀の器ばかりではなく、木や土の器もあり、そして、あるものは尊いことに用いられ、あるものは卑しいことに用いられる。もし人が卑しいものを取り去って自分をきよめるなら、彼は尊いきよめられた器となって、主人に役立つものとなり、すべての良いわざに間に合うようになる。
そこで、あなたは若い時の情欲を避けなさい。そして、きよい心をもって主を呼び求める人々と共に、義と信仰と愛と平和とを追い求めなさい。愚かで無知な論議をやめなさい。それは、あなたが知っているとおり、ただ争いに終るだけである。主の僕たる者は争ってはならない。だれに対しても親切であって、よく教え、よく忍び、反対する者を柔和な心で教え導くべきである。おそらく神は、彼らに悔改めの心を与えて、真理を知らせ、一度は悪魔に捕えられてその欲するままになっていても、目ざめて彼のわなからのがれさせて下さるであろう。
 
アーメン。
日本人が神を自分の内に迎え入れて“クリスチャン”となれるように、死んでいる霊に、渇いた心に、悲鳴をあげている身体にどんな言葉をかけるのか、私たちはますますイエス様に知恵を求めていかなければならないと語られました。集会では私たちに必要なことは全て牧師がイエス様に忠実に語って下さっていますが、それを自分の身にして言葉にし、行いに移せる、忠実なキリスト・イエスの良い兵卒となれているのか、一人一人が自分を吟味しました。そして、牧師を通して「悪人を目覚めさせる言葉を下さい!相手を納得させる知恵を下さい!大胆さ、強さを与えて下さい!」ともっと真剣に求めるよう語られました。
そこには賢さも必要です。学校で受験のための勉強をしていても、自分たちが乗船している日本という船が沈もうとしているのです。その中で良い学校、良い会社を目指して勉強だけ頑張って何の意味があるか。勉強をしていればいい、スポーツを頑張っていればいいという教育のもと、日本の若者は言葉を奪われ、隣人や社会に対して無関心、無感心、無観心になり、何があっても傍観者になっています。そのまま社会に出て、世の中の人の気持ち、苦しみ、悲しみに寄り添えない大人が増えています。国に関心がなければ、国の政策に怒ることもできません。今まで日本で大規模なデモが起きてこなかったのは、怒りをあらわせない死んだ魂と、無関心のあらわれです。もっと日本の歴史(学校教育では知り得ない隠されてきた歴史)や、政府が行なっている政策、行なおうとしている事、社会情勢に興味をもって知ること、世界から見たこの国の現状を知ることが必要であり、それをみことばと共に、ほかの人にも教えることのできる賢さが求められていると語られました。
 
私たちはこの時代を生き延びるための知恵を聖霊によって与えられている者として、日本人に、「神を知りなさい!神と共に生きることを知りなさい!聖霊によって聖書を読むことを知り、学びなさい!天と地とあなた自身を造った神を知り、自分の内に迎え入れなさい!」ともっと大胆に語り、主人であるイエス様のために働いていけるはずです。
そして、人に脅され、命を奪われるような状況に直面したり、レプリコンワクチンを強制的に打たされ、打たなければ生きて行けないような社会になった時、究極自分の命をどう考えるのか・・・死への恐怖が先立つならば、私たちの内に神への信仰はまっとうされていないのだと語られました。パウロが、【わたしにとっては、生きることはキリストであり、死ぬことは益である。しかし、肉体において生きていることが、わたしにとっては実り多い働きになるのだとすれば、どちらを選んだらよいか、わたしにはわからない。わたしは、これら二つのものの間に板ばさみになっている。わたしの願いを言えば、この世を去ってキリストと共にいることであり、実は、その方がはるかに望ましい。】(ピリピ1:21~23)と言ったように、救われたら死への恐怖は取り除かれます。私たちもパウロと同じように、この世を去ってイエス様と共にいることを望みながらも、この地上でやるべき働きがあるのなら、肉体において生きることを選ぶ者となれているか問われました。
 
また、以前、牧師が何度も霊が励まされるからと観ていた『パウロの生涯』というアニメがあったのですが、そのアニメの最後は、パウロが看守に名前を呼ばれ、処刑に向かう際、「兄弟たちよ!信仰を!」と叫ぶシーンで終わり、毎回そこで涙が溢れたのだと話して下さいました。クリスチャンとしてイエス様を仰ぎ見て生きるのは当然ですが、牧師は「パウロの生き方にならえ!」とイエス様から思いを入れられていたそうです。なぜなら、自分自身もパウロ同様、救われる前はイエス・キリストに対して迫害者だったからです。
日本人には“信心”はあっても、“信仰”はありません。“信仰”(という言葉)は真の神であるイエス・キリストによってはじめて生まれ、与えられるものだからです。日本人の“信心”はころころ状況によって変わり、自分を助けてくれるものなら何でも手を合わせますし、自分にとって不都合なことが起きれば、すぐに「やめた!信じない!」と言えてしまうものです。しかし、“信仰”がある人間・クリスチャンは、何があっても信仰をなくしません。神に捕らえられ、神を内にお迎えして生き返った霊の強さによって信じているからです。そして、その信仰をもったクリスチャンが家庭に一人立てば、一つの国に一人立てば、神によってその家庭も、国も変える力を持っています。パウロが信仰をもって立ち上がったことで、イエス・キリストの福音が全世界に及んだ通りです。
 
クリスチャンでありながら、自分がもっているのは“信心”か“信仰”か・・・招かれる者は多いが選ばれる者は少ないと言われる中、真理の言葉を正しく教えず、俗悪なむだ話をして、不信心に落ちていく人、名ばかりクリスチャンが多いからこそ、日本人の救いは未だ1%です。さらに間違った教えをしたり、信徒を恐怖でつなぎとめるような支配的牧会によって、信仰をくつがえしてしまっている牧師の話も聞きます。せっかく救われても、信仰を育てる場所がないキリスト教会の現状を通しても、改めて一人の魂を救い、信心を信仰に変え、神との関係を深めさせ、神のもとに帰すことがどれだけ大事であるか、勝ち取った魂をしっかりとイエス様につなぎとめておくべき場所こそが教会であると語られました。
そして、クリスチャンであるならば、【あなたは若い時の情欲を避けなさい。そして、きよい心をもって主を呼び求める人々と共に、義と信仰と愛と平和とを追い求めなさい。愚かで無知な論議をやめなさい。それは、あなたが知っているとおり、ただ争いに終るだけである。主の僕たる者は争ってはならない。だれに対しても親切であって、よく教え、よく忍び、反対する者を柔和な心で教え導くべきである。おそらく神は、彼らに悔改めの心を与えて、真理を知らせ、一度は悪魔に捕えられてその欲するままになっていても、目ざめて彼のわなからのがれさせて下さるであろう。】(第2テモテ2:22~26)というみことばの土台に立ち、霊魂体にしっかりと刻まなければなりません。主の僕たる者が血肉の戦いをして争い、怒りや憎しみという感情に支配されたり、プライド・男義が邪魔をして神が見えなくなったらサタンの思う壺です。一人の魂の救いのためを思えば、誰に対しても親切になることができ、よく教え、反対する者を柔和な心で導いていくことができるでしょう。どこまでも神の御前で主役は自分であり、神が相手を使って自分を訓練し、訓練が終わったら、相手を捕えている悪霊が離れ去り、神が相手を変えてくださることを忘れてはなりません。
 
今週の集会には、2年前のクリスマス集会ぶりに横浜から韓国出身のカン牧師が来られました。カン牧師は、30歳の時に来日され、現在54歳だそうですが、ここから新たな段階に進むための導きを求めた時、エレミヤ書33章3節のみことば【わたしに呼び求めよ、そうすれば、わたしはあなたに答える。そしてあなたの知らない大きな隠されている事を、あなたに示す。】が与えられたそうです。そこで、まずはぶどうの木の教会の在り方、牧会の仕方を学んでいきたいという思いを入れられ、着席されました。型破りなぶどうの木集会ですので、どのように受けられたかは分かりませんが、カン牧師からは、ここまでの歩みの証と共に、クリスチャンの信仰の訓練について、集会最後にメッセージを語って頂きました。
 
詩篇119:71
苦しみにあったことは、わたしに良い事です。これによってわたしはあなたのおきてを学ぶことができました。
 
アーメン。
カン牧師の聖書は、【苦しみにあったことは、幸せなことです】と書かれてあるようで、主の訓練を通った人だけが分かる幸せがあるのだと、ご自身の体験も交えながら話してくださいました。その中で、「モーセは80歳で主に用いられた器でした。もっと若い時に用いられたら、イスラエル人をエジプトから連れ出すにしてももっと容易であったでしょう。しかし、神はそうはされず40年間モーセを訓練されたのです。そこで苦しみや葛藤、人との関わりといった人生経験がなければ、何十万人ものイスラエル人(成人男性だけでも60万人。出エジプト12:37)をエジプトから導き出すことはできなかったでしょう。リーダーになる者は、人生経験を積んでいなければ、人前で語っていても、あなたはどうなんだ!?と言われますし、人を教え導くこともできません。イエス様を信じて生きることは幸せですが、苦しみも必要です。その苦しみとは、肉的なものではなく、主がご自身を信じる人に与える苦しみです。信仰生活の中で妥協したり、一度決めたことを放棄しないことです。それを乗り越えて進めと神はおっしゃり、そうすれば思いをはるかにこえた神様の御計画があるのです。いつまでも幼子のような信仰生活を送っていてはだめです。キリストの花嫁になるための苦しみがあり、ヨブのように主が何を望んでおられるか悟らなければなりません」というメッセージにアーメンでした!!
先週も主の訓練について語られましたが、今週の集会でも改めて主は愛する者を訓練されるのだというところに立ち、もっと喜び感謝して、その訓練を越えていく信仰の強さを持たなければならないと語られました。
 
申命記6:4~7
イスラエルよ聞け。われわれの神、主は唯一の主である。あなたは心をつくし、精神をつくし、力をつくして、あなたの神、主を愛さなければならない。きょう、わたしがあなたに命じるこれらの言葉をあなたの心に留め、努めてこれをあなたの子らに教え、あなたが家に座している時も、道を歩く時も、寝る時も、起きる時も、これについて語らなければならない。
 
マタイ22:37~39
イエスは言われた、「『心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。これがいちばん大切な、第一のいましめである。第二もこれと同様である、『自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ』。
 
アーメン。
韓国語の聖書では、【命をかけて神を愛せよ】と書かれているそうで、聖書によって受け取り方が違うことも改めて分かり、ますます御霊によって神の御心を悟っていく必要があると語られました。
そして、今週の賛美歌を通して、母教会の始まりに与えられたイザヤ60章が示され、確認しました。
 
イザヤ60章
起きよ、光を放て。あなたの光が臨み、主の栄光があなたの上にのぼったから。見よ、暗きは地をおおい、やみはもろもろの民をおおう。しかし、あなたの上には主が朝日のごとくのぼられ、主の栄光があなたの上にあらわれる。もろもろの国は、あなたの光に来、もろもろの王は、のぼるあなたの輝きに来る。
あなたの目をあげて見まわせ、彼らはみな集まってあなたに来る。あなたの子らは遠くから来、あなたの娘らは、かいなにいだかれて来る。その時あなたは見て、喜びに輝き、あなたの心はどよめき、かつ喜ぶ。海の富が移ってあなたに来、もろもろの国の宝が、あなたに来るからである。多くのらくだ、ミデアンおよびエパの若きらくだはあなたをおおい、シバの人々はみな黄金、乳香を携えてきて、主の誉を宣べ伝える。ケダルの羊の群れはみなあなたに集まって来、ネバヨテの雄羊はあなたに仕え、わが祭壇の上にのぼって受けいれられる。こうして、わたしはわが栄光の家を輝かす。
雲のように飛び、はとがその小屋に飛び帰るようにして来る者はだれか。海沿いの国々はわたしを待ち望み、タルシシの船はいや先にあなたの子らを遠くから載せて来、また彼らの金銀を共に載せて来て、あなたの神、主の名にささげ、イスラエルの聖者にささげる。主があなたを輝かされたからである。
異邦人はあなたの城壁を築き、彼らの王たちはあなたに仕える。わたしは怒りをもってあなたを打ったけれども、また恵みをもってあなたをあわれんだからである。あなたの門は常に開いて、昼も夜も閉ざすことはない。これは人々が国々の宝をあなたに携えて来、その王たちを率いて来るためである。あなたに仕えない国と民とは滅び、その国々は全く荒れすたれる。レバノンの栄えはあなたに来、いとすぎ、すずかけ、まつは皆共に来て、わが聖所をかざる。またわたしはわが足をおく所を尊くする。あなたを苦しめた者の子らは、かがんで、あなたのもとに来、あなたをさげすんだ者は、ことごとくあなたの足もとに伏し、あなたを主の都、イスラエルの聖者のシオンととなえる。
あなたは捨てられ、憎まれて、その中を過ぎる者もなかったが、わたしはあなたを、とこしえの誇、世々の喜びとする。あなたはまた、もろもろの国の乳を吸い、王たちの乳ぶさを吸い、そして主なるわたしが、あなたの救主、また、あなたのあがない主、ヤコブの全能者であることを知るにいたる。
わたしは青銅の代りに黄金を携え、くろがねの代りにしろがねを携え、木の代りに青銅を、石の代りに鉄を携えてきて、あなたのまつりごとを平和にし、あなたのつかさびとを正しくする。暴虐は、もはやあなたの地に聞かれず、荒廃と滅亡は、もはやあなたの境のうちに聞かれず、あなたはその城壁を「救」ととなえ、その門を「誉」ととなえる。
昼は、もはや太陽があなたの光とならず、夜も月が輝いてあなたを照さず、主はとこしえにあなたの光となり、あなたの神はあなたの栄えとなられる。あなたの太陽は再び没せず、あなたの月はかけることがない。主がとこしえにあなたの光となり、あなたの悲しみの日が終るからである。あなたの民はことごとく正しい者となって、とこしえに地を所有する。彼らはわたしの植えた若枝、わが手のわざ、わが栄光をあらわすものとなる。その最も小さい者は氏族となり、その最も弱い者は強い国となる。わたしは主である。その時がくるならば、すみやかにこの事をなす。
 
アーメン。
 
神・イエス様は光そのものです。神を愛し、隣人を愛し、置かれた場所でしっかりと光を放っていくクリスチャンとなり、闇側にいる人間を救い、闇の勢力に対抗して勝利できるキリストの兵卒となっていけたことを感謝して祈ります!