今週のぶどうの木メッセージ

 
 

「齊藤諒の生きる力」本日発売!!
2017/9/1 ブログより

 
本日、「齊藤諒の生きる力 四肢麻痺と人工呼吸器装着の僕が伝えたいこと」が、全国書店にて発売されます!!amazonでもお買い求めできます!
 


 
運命を変えて、天命を生きる!
16歳という若さで四肢麻痺となった著者が綴る、渾身のノンフィクション。
「死んだましだ!だからといって自分で死ぬこともできない・・・・・・この前まで、大好きな野球に明け暮れていた自分が、こんな身体になるなんて!」
絶望の淵から救ってくれた「聖書」の教え。
苦しみの中で希望を得た著者が今、この時代を生きる人たちにもっとも伝えたいことを書く。


著者の齊藤諒兄弟からです。

待ちに待っていたこの日がいよいよ来ました。

イエス様は僕にとって新たな一歩を与えてくれました。

マタイによる福音書5章14節~16節
あなたがたは、世の光である。山の上にある町は隠れることができない。また、あかりをつけて、それを枡の下におく者はいない。むしろ燭台の上において、家の中のすべてのものを照させるのである。そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かし、そして、人々があなたがたのよいおこないを見て、天にいますあなたがたの父をあがめるようにしなさい。

聖書は真っ暗だった僕の心に光を与えてくれました。

今度は僕が聖書の光を伝え広げていきます。

イエス様、文芸社の皆さん、ぶどうの木の神の家族たちに、感謝です。ありがとうございました。

これからも感謝し福音していきます。

全ての栄光をイエス様に帰して。

アーメン。


ぶどうの木10年目最後の日という素晴らしいタイミングで、イエス様はこの本を出版させて下さいました。
読者の皆さんに「生きる力」を与える一冊です!!
ぜひ、ご一読ください。

イザヤ12:3~6
あなたがたは喜びをもって、救の井戸から水をくむ。その日、あなたがたは言う、「主に感謝せよ。そのみ名を呼べ。そのみわざをもろもろの民の中につたえよ。そのみ名をあがむべきことを語りつげよ。主をほめうたえ。主はそのみわざを、みごとになし遂げられたから。これを全地に宣べ伝えよ。シオンに住む者よ、声をあげて、喜びうたえ。イスラエルの聖者はあなたがたのうちで大いなる者だから」。

アーメン!
 
 
 
 

日本人の覚醒―イエス様・みことばによる家庭、国守り―
2024/4/15ブログより

 
 
holygirlです。
 
4月13日、「パンデミック条約」に反対するデモ行進が東京・池袋で行われました。「パンデミック条約」とは、新型コロナウイルス感染症対応の教訓を踏まえて世界保健機関(WHO)が、5月の総会での採択を目指す、権限強化などに向けた条約であり、その目的を簡潔に言うなら、「強制ワクチン接種を可能にし、反対する者には刑罰を与えることもできる」というものです。このデモ行進には、北海道から沖縄、石垣島、海外からも、約2万人~3万人の人々が集まり、「パンデミック条約IHR(国際保健規則)改定反対」の横断幕を先頭に、「ワクチンが任意である日本の主権を無視して、接種を強要するWHOに強く抗議する」として、「健康を人質にしたWHOの横暴を許すな!」「政府は条約の情報を国民に開示せよ!」などと、シュプレヒコールを上げました。9グループに分かれ、デモ行進を行ったそうですが、1グループ目が戻ってきても、まだ出発していないグループがあったほど、出発地点である800人収容の公園は人があふれかえっていたそうです。
同時生配信動画は、4万人近い人たちが観ていましたので、目覚めている日本人は日本全国にもっといたことになります。参加者は、置かれた場所では陰謀論者扱いされ、孤独だったでしょうが、同じように思ってきた人たちがこんなにも大勢いたことに驚き、喜び、一致団結していました。
宗教団体の参加はなく、コロナワクチンがおかしい、政府を信用できないと感じてきた普通の人々、ワクチン被害者や遺族が目覚め、立ち上がったこのデモ行進は、日本初の規模の出来事でしたが、大手マスコミ、メディアは一切取り上げていません。この異様な状況からして、マスコミがどちら側に属しているのかは明確です。コロナ禍でよく分かりましたが、私たち国民に真実を知らせるためのマスコミではなく、政府や製薬会社、利権絡みで一部の人間にとって都合の良いように報道し、国民を洗脳してきたのがマスコミであることがさらに明らかになりました。
世界から見たら、日本だけワクチン接種を6回、7回と続け、それに従う国民はバカなのか!?と思われてきました。しかし、全員がそうではない!目覚めている人たちもいるのだと、主催者は、世界に知らせたかったのです。それを受け、暗殺されたケネディ大統領の甥であるロバート・F・ケネディ・ジュニア氏が、X(旧Twitter)で、「WHOパンデミック条約に対する日本での大規模な抗議活動。私たちの権利、自由、主権を、遠く離れた医療当局、特に営利目的の製薬会社に大きく影響されている医療当局に譲り渡してはならない」、ついに日本人が立ち上がった!と、このデモ行進を取り上げてくれました。そして、想定外に2万人~3万人が集まっても、警察が出動するような混乱もなく、ちゃんとルールを守り、整列していた姿も、さすが日本人!と称賛されました。
東京方面にいるぶどうの木の姉妹もこのデモ行進に参加したのですが、池田利恵議員(日野市議会議員、全国子宮頸がんワクチン被害者連絡会事務局長)が、「今日の私たちのこのデモが、私たちの子ども、未来の子どもたちへのプレゼントだ!今こそ日本人が一つになる時!」と言っていたことが印象的だったと報告してくれ、姉妹も、想像以上の人が集まっているのを目の当たりにし、本当に日本から変われる!1つになれる!と実感したそうです。暑い中、長時間であっても、誰一人倒れなかったことに対しても、「みんなワクチン打ってなくて健康だからだよ!」という声が上がったそうです。
 
裏金問題もあり、多くの国民が、岸田政権(自民党)に不満と疑念を募らせている中、岸田首相はアメリカに国賓として呼ばれ、日本時間12日未明に臨んだ米議会上下両院合同会議で、「You are not alone. We are with you!(アメリカは独りではない。日本はアメリカと共にある。)」と演説しました。そこまで言って大丈夫か?とアメリカのマスコミも皮肉るほど、完全に日本はアメリカのポチ(飼い犬)であることを表明したのです。しかも、バイデン政権のアメリカです。トランプ氏が返り咲くことが確実と言われている中、不正選挙でその座にいる偽大統領の政権に追随していく日本に未来はありません。
 
その演説の2日後である昨日(14日)は、イランがドローンでイスラエル・エルサレムを攻撃しました。アメリカがイランへの報復を掲げて参戦すれば、“アメリカと共にある”日本の自衛隊も駆り出され、日本にある米軍基地が自由に使われることになり、日本も戦争に巻き込まれ標的になるという事です。
そして、日本のマスコミは、「イランがイスラエルを攻撃した」と報道していますが、重要なのは、テルアビブではなく、ユダヤ教、イスラム教、キリスト教の聖地と言われている“エルサレム”を攻撃したという事です。これは聖書預言のエゼキエル戦争が始まったとして、エゼキエル38章の預言を信じるクリスチャンたちは注目しています。預言通りであれば、イラン側にロシアとトルコが参戦します。しかし、私たちが聖霊によって知らされてきたのは、そもそも1948年に建国されたイスラエルは、ディープステートがつくった偽イスラエルであるという事です。そこに戻ってきたのは、本物の血統のユダヤ人ではなく、偽ユダヤ人(アシュケナージユダヤ人)です。今回も、軍事産業で儲けたい「戦争屋」と言われるディープステートたちが、あたかも預言が成就しているかのように無理矢理もっていき、戦争を引き起こしたと考えられます。そこに、私たち日本人もアメリカのポチとして巻き込まれていくのか・・・本当に日本は生きるか死ぬかの岐路に立たされていることを、私たちは12日から14日までの3日間に起きた3つの出来事から語られました。
そして、今週の集会では、先週与えられたヨエル書の預言を再確認し、神を畏れ、預言の成就を求め祈りました。
 
ヨエル書2:1~2
あなたがたはシオンでラッパを吹け。わが聖なる山で警報を吹きならせ。国の民はみな、ふるいわななけ。主の日が来るからである。それは近い。これは暗く、薄暗い日、雲の群がるまっくらな日である。多くの強い民が暗やみのようにもろもろの山をおおう。このようなことは昔からあったことがなく、後の代々の年にも再び起ることがないであろう。
 
ヨエル書2:10~14
地は彼らの前におののき、天はふるい、日も月も暗くなり、星はその光を失う。主はその軍勢の前で声をあげられる。その軍隊は非常に多いからである。そのみ言葉をなし遂げる者は強い。主の日は大いにして、はなはだ恐ろしいゆえ、だれがこれに耐えることができよう。
主は言われる、「今からでも、あなたがたは心をつくし、断食と嘆きと、悲しみとをもってわたしに帰れ。あなたがたは衣服ではなく、心を裂け」。あなたがたの神、主に帰れ。主は恵みあり、あわれみあり、怒ることがおそく、いつくしみが豊かで、災を思いかえされるからである。神があるいは立ち返り、思いかえして祝福をその後に残し、素祭と灌祭とをあなたがたの神、主にささげさせられる事はないとだれが知るだろうか。
 
ヨエル書2:23
シオンの子らよ、あなたがたの神、主によって喜び楽しめ。主はあなたがたを義とするために秋の雨を賜い、またあなたがたのために豊かに雨を降らせ、前のように、秋の雨と春の雨とを降らせられる。
 
ヨエル書2:27~32
あなたがたはイスラエルのうちにわたしのいることを知り、主なるわたしがあなたがたの神であって、ほかにないことを知る。わが民は永遠にはずかしめられることがない。
その後わたしはわが霊をすべての肉なる者に注ぐ。あなたがたのむすこ、娘は預言をし、あなたがたの老人たちは夢を見、あなたがたの若者たちは幻を見る。その日わたしはまたわが霊をしもべ、はしために注ぐ。
わたしはまた、天と地とにしるしを示す。すなわち血と、火と、煙の柱とがあるであろう。主の大いなる恐るべき日が来る前に、日は暗く、月は血に変る。すべて主の名を呼ぶ者は救われる。それは主が言われたように、シオンの山とエルサレムとに、のがれる者があるからである。その残った者のうちに、主のお召しになる者がある。
 
ヨエル書3:9~10
もろもろの国民の中に宣べ伝えよ。戦いの備えをなし、勇士をふるい立たせ、兵士をことごとく近づかせ、のぼらせよ。あなたがたのすきを、つるぎに、あなたがたのかまを、やりに打ちかえよ。弱い者に「わたしは勇士である」と言わせよ。
 
アーメン。
 
こういう時代の中にあって、私たちクリスチャンは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎ、聖なる清い存在として世に影響をあたえていく者でなければならないと語られました。
自分に予期せぬ出来事や災いが起きた時に、第3の天(霊の世界)から物事を見れているか?先週は、全部をサタンのせいにするのではない!牧師が羊の状態を見る時、8割は肉の問題であり、肉を打ち叩いてまず自分が変わっていかなければならないと語られましたが、全てを自分のせいだと思い、落ち込んだり、動揺しているなら、それはサタンの策略にまんまとかかっているのだと、今週の集会では語られました。特に相手がいる場合、相手を血肉で見て、“どうせ私に対してこう思っている”と占ったり、“なぜそんな発言をするのか、ひどい態度をとるのか”と見える状態で傷ついたり、裁いたりしていないかと問われました。そのように相手の反応で一喜一憂して過ごしているなら、第3の天から物事を見ているとは決して言えません。
私たちは、自分の肉に生まれる不安や動揺、悲しみや裁きの思いに対して、祈りながら何の悪霊によるものかイエス様に聞けているか、聞いて思いが来る悪霊の名は全て呼び出し、縛り上げ、追い出しているか問われました。これは1日1回していれば良いというものではなく、霊の世界においては、常に聖霊対悪霊の攻防戦の中に置かれているわけですから、御霊の実である【愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、柔和、自制】以外の感情が来るならその都度行なってはじめて、勝利を得ながら1日を安全に、平安に過ごしていけるのだと語られました。
 
そして、牧師を通して与えられたみことばは、テモテへの第2の手紙2章でした。
 
第2テモテ2:1~13
そこで、わたしの子よ。あなたはキリスト・イエスにある恵みによって、強くなりなさい。そして、あなたが多くの証人の前でわたしから聞いたことを、さらにほかの者たちにも教えることのできるような忠実な人々に、ゆだねなさい。キリスト・イエスの良い兵卒として、わたしと苦しみを共にしてほしい。兵役に服している者は、日常生活の事に煩わされてはいない。ただ、兵を募った司令官を喜ばせようと努める。また、競技をするにしても、規定に従って競技をしなければ、栄冠は得られない。労苦をする農夫が、だれよりも先に、生産物の分配にあずかるべきである。わたしの言うことを、よく考えてみなさい。主は、それを十分に理解する力をあなたに賜わるであろう。
ダビデの子孫として生れ、死人のうちからよみがえったイエス・キリストを、いつも思っていなさい。これがわたしの福音である。この福音のために、わたしは悪者のように苦しめられ、ついに鎖につながれるに至った。しかし、神の言はつながれてはいない。それだから、わたしは選ばれた人たちのために、いっさいのことを耐え忍ぶのである。それは、彼らもキリスト・イエスによる救を受け、また、それと共に永遠の栄光を受けるためである。次の言葉は確実である。「もしわたしたちが、彼と共に死んだなら、また彼と共に生きるであろう。もし耐え忍ぶなら、彼と共に支配者となるであろう。もし彼を否むなら、彼もわたしたちを否むであろう。たとい、わたしたちは不真実であっても、彼は常に真実である。彼は自分を偽ることが、できないのである」。
 
アーメン。
見えない霊の世界に目を注げるクリスチャンは、日常生活のことに煩わされることなく、イエス様にある恵みによっていつも強いです。そして、悪霊の声を聞いて誘惑に陥ることなく、飲むにも食べるにも、何事をするにも、神の栄光のためであることをわきまえ知り、まず神の国と神の義とを求めた生活をして、常に司令官であるイエス様を喜ばせようと努めます。その姿こそ、世に影響を与えていける姿であると語られました。
また、私たちは福音のために生かされていますから、人との出会いの中で、聖霊が与えてくれたタイミングを逃すことなく福音宣教していくわけですが、テモテへの手紙を書いたパウロが、【選ばれた人たちのために、いっさいのことを耐え忍ぶ】と言っているように、自分自身がまず選ばれた者として、この福音を理解し、人に宣べ伝えることのできる者となれているか吟味しなければなりません。その上で、自分の目の前に置かれた人に対して霊を試し、イエス様の福音をさらに他の人に教えていける忠実な人、神の選びの民にゆだねていくことで、福音は広がっていくのだと語られました。
もし、私たちが情と高ぶりで語るなら、相手は聞いているふりをしているだけで、実際は嘲り、聞いても行わず、逆に問題を持ってきては、こちらの時間だけを奪っていくことになるでしょう。また、私たち語る側の心も問われます。相手に対して何のわだかまりもなく、無条件のゆるしをもって語れているか、相手が自分に対して怒っているなら、とことん謝罪する姿勢ができているか、「お前が悪い」と言われる間は訓練中であり、私たちの心を見て、神が相手に対しても悔い改めの心を与え、変えてくださるのだと語られました。
そして、クリスチャンであれば「イエス様を信じています。否定したことはありません」と言うでしょうが、「イエス様を否む」とは、イエス様がおっしゃることをやらないことであると語られました。イエス様を知っているのに、自分の肉だけで頑張っているなら、イエス様を自ら遮断していることになります。それは高ぶりの霊、反キリストの霊です。また、いつも嘆き、文句つぶやいているなら、イエス様は御手を差し出せません。私たちの肉は、常に闇側におり、自分を偽り、神に従いたくないと反発します。救われ神の守りの中に入れた時点で、皆御霊の実の【愛】は受けますが、その次の【喜び】の実を成らせるだけでも、肉は邪魔してきます。こんな状況で喜べるか!と反発します。クリスチャンは、救われて終わりではなく、一つ一つ御霊の実を成らせ、それを維持していかなければなりません。そのためにも、真実であるイエス様(みことば)に自分自身を従わせることがこの世を去る瞬間まで必要であり、そのようなクリスチャンが、真理の言葉を人に正しく教えることのできる錬達した働き人となり、人々をサタンの獄屋から解放していけるのだと語られました。
 
第2テモテ2:14~26
あなたは、これらのことを彼らに思い出させて、なんの益もなく、聞いている人々を破滅におとしいれるだけである言葉の争いをしないように、神のみまえでおごそかに命じなさい。あなたは真理の言葉を正しく教え、恥じるところのない錬達した働き人になって、神に自分をささげるように努めはげみなさい。俗悪なむだ話を避けなさい。それによって人々は、ますます不信心に落ちていき、彼らの言葉は、がんのように腐れひろがるであろう。その中にはヒメナオとピレトとがいる。彼らは真理からはずれ、復活はすでに済んでしまったと言い、そして、ある人々の信仰をくつがえしている。しかし、神のゆるがない土台はすえられていて、それに次の句が証印として、しるされている。「主は自分の者たちを知る」。また「主の名を呼ぶ者は、すべて不義から離れよ」。大きな家には、金や銀の器ばかりではなく、木や土の器もあり、そして、あるものは尊いことに用いられ、あるものは卑しいことに用いられる。もし人が卑しいものを取り去って自分をきよめるなら、彼は尊いきよめられた器となって、主人に役立つものとなり、すべての良いわざに間に合うようになる。
そこで、あなたは若い時の情欲を避けなさい。そして、きよい心をもって主を呼び求める人々と共に、義と信仰と愛と平和とを追い求めなさい。愚かで無知な論議をやめなさい。それは、あなたが知っているとおり、ただ争いに終るだけである。主の僕たる者は争ってはならない。だれに対しても親切であって、よく教え、よく忍び、反対する者を柔和な心で教え導くべきである。おそらく神は、彼らに悔改めの心を与えて、真理を知らせ、一度は悪魔に捕えられてその欲するままになっていても、目ざめて彼のわなからのがれさせて下さるであろう。
 
アーメン。
第3の天から見る権威を使わないなら、愚かで無知な論議になり、ただ争いに終わるだけです。私たちは、空を打つ戦い方ではなく、相手の霊にしっかりとみことばの矢を放ち、柔和な心で教え、導き、相手の悪をしっかりと捕えて解放できる者になることが求められているのだと改めて語られました。
 
さらに、今週の集会では改めて家庭教育の大切さ、神への信仰、畏れる心を育てていくことの大切さを学びました。
私たちが文芸社より出版した絵本『1つになろうよ!』は、神が求められる家族のあり方、家庭教育の大切さについて世の中の人々に伝えるために書いたものですが、そんな私たちと同じ気持ちで書かれたのだと分かる絵本に出会いました。それは、1998年に出版された絵本『ポケットのなかのプレゼント』(柳沢恵美・文/久保田明子・絵 ラ・テール出版局)です。元幼稚園教諭・経営者でもあった姉妹が、牧師に紹介してくれた本でした。
この絵本は、ご夫婦によって作成されたものであり、作者のご主人である柳沢徹さんが発行されています。ご主人が書いたあとがきには、
『平成9年4月、妻に残された時間がそう長くはないと覚悟した時、いかにこの限られた時間を使うべきか、夫婦でじっくりと話し合いました。家族で旅行したり、友人たちと語り合ったりと、やりたいことは山積みでした。自分の人生を顧みて、やり残したことを整理するのも重要な仕事でした。そして、妻が生きていた証、その人生が意味のあるものであったという証を何か遺したい、子供たちに母親としての責任をできる限り果たしたい、ということも私たち二人の大きなテーマとなりました。その2つの希望をかなえてくれるのが絵本を作るということでした。(中略)
この絵本は子供のしつけをテーマにしたものです。妻が今まで子供たちに教えてきたこと、そして、これから子供たちが大人になるまでに教えておきたかったことを書きあらわしました。後半はかなり親の希望や期待が含まれた内容になってしまいましたが、これからの日本を、そして世界を担っていく子供たちが、このように育ってくれればと願ってやみません。』
と思いが綴られていました。
絵本の内容は、うさぎの子どもが主人公で、誕生から18歳になるまで、毎年誕生日にお母さんが我が子に必要だと思うプレゼントを、ジャケットに縫い付けたポケットに入れていくというお話で、プレゼントを受け取った子どもは、その親の気持ちを受け、心身共に成長していく姿が描かれています。
9歳の誕生日、御霊の実の9つ目である【自制】が成ると私たちの絵本には書いてある年齢では、小さなお財布がプレゼントされます。そこで、おかあさんはおつかいを頼み、3つの約束をします。
 
ひとつ―おさいふをいれたポケットを忘れない
ふたつ―おつりはおかあさんにかえす
みっつ―おともだちにおかねをかしたり、かりたりしない
 
そして、子供はお金の使い方を知ります。
 
12歳になった場面は次のように書かれています。
『12さいのおたんじょうびに、おかあさんは『聖書』をプレゼントしました。キリストのおしえが、かいてある本です。そこには『あなたのとなりの子をじぶんとおなじように愛しなさい』とかいてありました。
自分をたいせつにおもううさぎは、じぶんとはちがうともだちの気持ちもかんがえてあげられるようになりました。こまっている子や、なやんでいる子のてだすけをしたいとおもいました。大きくなったらみんなの役に立つしごとがしたいなとおもいました。
そして大きな大きな愛がみんなをまもっているのをかんじました。』
この場面から、柳沢夫妻はクリスチャンなのだろうと思いました。
 
うさぎの子どもたちは18歳になると、7つの岩を自分の力でのぼり、大人になったことをみんなに認めてもらうのですが、その岩の内容が子育ての中で大切にしなければならない事であると語られました。
 
①勇気の岩山:失敗してもやり直す力があるかな?
②楽しみの岩山:やりたいことや大好きなことがあるかな?
③忍耐の岩山:辛いことも我慢できるかな?
④礼儀の岩山:あいさつができるかな?お行儀はどうかな?
⑤信念の岩山:自分で決めたことをやり通せるかな?
⑥信仰の岩山:神様を信じる心があるかな?どう生きるかを考えることができるかな?
⑦愛の岩山:自分を愛し、他の子を愛することができるかな?
 
私たちは牧師を通して、「皆さんはこの7つの事が身についていますか?7つの岩山をしっかりと越えて大人になれていますか?自分の子どもに教えてきましたか?」と問われました。子供の頃にこの7つの岩山を越えることのできる心を育てておくなら、クリスチャンとしての土壌はフカフカで、みことばも素直に吸収し、行い抜く事ができるでしょう。嘘をつけない人、ズルができない人、他者のために何ができるか考えられる人、広い視野で世の中や世界を見れる人、自分の義(男義)ではなく神の義を求めて行う人を生みだすのは、まず家庭教育からです。
 
うさぎのお母さんは、19歳の誕生日のプレゼントにリュックサックをプレゼントして言います。「これまでは、大切なものはおかあさんがプレゼントしたけれど、これからは自分で見つけてこのリュックサックにいれるんですよ。大切なものを見つければ見つけるほど、あなたはすてきな大人になるでしょう。それから同じようにリュックサックをしょっている友達とぼうけんにでてみましょう。そうすれば、いっしょに泣いたり、なぐさめあったり、励まし合いながら困難を乗り越えていくことのできる一生の友達にめぐりあうことができるでしょう」と。家庭教育を通して心を育て、家族や友人との関係を築けているなら、孤独な人生はありません。
お父さんも言います、「きみはもうりっぱなおとなになった。さあ、これからはきみ自身のえらんだところで、自信をもって生きていきなさい。勇気をもつことだ。神様が見守ってくださるから」と。
そして、お母さんは大人になったうさぎをまぶしそうに見つめながら、「わたしの子どもだと思っていたけれど、もしかすると神様からのおあずかりものだったかもしれないわ」と思うのです。
“子供は神様からの贈り物”であると伝えている私たちの絵本『1つになろうよ!』と同じ思いで書かれた絵本なのだと改めて感じました。ぜひお薦めしたい1冊です。
 
さらに、ロシアのプーチン大統領の仕事に対する考え方からも、先の絵本に繋がるものを感じました。
 
「仕事の本当の目的とは、たくさんの金を設けて、金持ちになり、その金を海外に移すことではない。その人が国家のため、人々のためにどれだけの貢献をしたかの成果を測定することだ。」
というのが、プーチン大統領の考え方です。以前も話した通り、プーチン大統領は、キリスト教・ロシア正教会の信徒であり、今でも一般人と同じ列に立ち、司祭の言葉に対して「アーメン」と十字架を切りながら礼拝をしています。プーチン氏はもともとスパイでしたが、タクシードライバーの経験もあります。2000年に大統領になったことで、個人の大減税が行われ、企業の規制緩和、ロシア正教の復活、GDPが8年で6倍になり、圧倒的な支持率を得ています。プーチン氏は資本主義の精神を取り入れ(ソ連崩壊前は共産主義)、勤勉に働くこと、質素倹約してお金を貯めること、嘘をつかずに正直に生きることを大切にしました。そんな彼の政治の中で、1991年には衰退していたロシア正教が、30年間で国民の70%の柱となりました。国のトップであるプーチン氏が神への信仰について教え続けてきたからです。私たちがマスコミによって植え付けられたリーダー像とは真反対の姿、業績があるのです。
 
親が、国のトップが神への信仰について教えること、イエス・キリスト=みことばを教えるなら、秩序正しい家庭、国民が育つことを、私たちは絵本とプーチン氏を通して語られました。日本政府・首相は、日本・日本人のことなど考えずに発言し、外にばかりお金をばらまき、政治家は裏金をもらい、国民からは税金を搾り取って路頭に迷わせ、国民の命を軽んじている状況です。神を畏れる心がなく好き勝手に言動していますが、裁き主がいることを知れ!です。それは「おてんとさま」がいる事とは違います。真の裁き主、おてんとさま(太陽)と私たち人間をつくった創造主がいるのです!
 
私たちはどんな社会、国になろうと確固たる信仰の土台に立って、神が教えていることを守り行うことで、自分を守り、家庭を守り、この国を守っていく!そこに聖霊の助け、働きがあることを信じて喜びを奪われずに歩んでいきます。そして、今回日本人の内にこの国を変えるのだという思いが着火され、大規模デモ行進が実現したことは感謝ですが、それぞれが自分の考えを掲げて行動していても、いずれ足元をすくわれてしまいます。今回のデモを確固たるものにするには、神を畏れ、日本国民が真理を知り、イエス様に救われて聖書を土台に真に一つになることが必要です。イエス・キリストによる国守りが実現した時にはじめて、闇・悪しき者たちの策略に完全勝利していけたことを感謝して祈ります!!
 
エレミヤ7:23
ただわたしはこの戒めを彼らに与えて言った、『わたしの声に聞きしたがいなさい。そうすれば、わたしはあなたがたの神となり、あなたがたはわたしの民となる。わたしがあなたがたに命じるすべての道を歩んで幸を得なさい』と。
 
詩篇97:10~12
主は悪を憎む者を愛し、その聖徒のいのちを守り、これを悪しき者の手から助け出される。光は正しい人のために現れ、喜びは心の正しい者のためにあらわれる。正しき人よ、主によって喜べ、その聖なるみ名に感謝せよ。
 
アーメン。