◆「齊藤諒の生きる力」本日発売!!
2017/9/1 ブログより
本日、「齊藤諒の生きる力 四肢麻痺と人工呼吸器装着の僕が伝えたいこと」が、全国書店にて発売されます!!amazonでもお買い求めできます!
運命を変えて、天命を生きる!
16歳という若さで四肢麻痺となった著者が綴る、渾身のノンフィクション。
「死んだましだ!だからといって自分で死ぬこともできない・・・・・・この前まで、大好きな野球に明け暮れていた自分が、こんな身体になるなんて!」
絶望の淵から救ってくれた「聖書」の教え。
苦しみの中で希望を得た著者が今、この時代を生きる人たちにもっとも伝えたいことを書く。
著者の齊藤諒兄弟からです。
待ちに待っていたこの日がいよいよ来ました。
イエス様は僕にとって新たな一歩を与えてくれました。
マタイによる福音書5章14節~16節
あなたがたは、世の光である。山の上にある町は隠れることができない。また、あかりをつけて、それを枡の下におく者はいない。むしろ燭台の上において、家の中のすべてのものを照させるのである。そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かし、そして、人々があなたがたのよいおこないを見て、天にいますあなたがたの父をあがめるようにしなさい。
聖書は真っ暗だった僕の心に光を与えてくれました。
今度は僕が聖書の光を伝え広げていきます。
イエス様、文芸社の皆さん、ぶどうの木の神の家族たちに、感謝です。ありがとうございました。
これからも感謝し福音していきます。
全ての栄光をイエス様に帰して。
アーメン。
ぶどうの木10年目最後の日という素晴らしいタイミングで、イエス様はこの本を出版させて下さいました。
読者の皆さんに「生きる力」を与える一冊です!!
ぜひ、ご一読ください。
イザヤ12:3~6
あなたがたは喜びをもって、救の井戸から水をくむ。その日、あなたがたは言う、「主に感謝せよ。そのみ名を呼べ。そのみわざをもろもろの民の中につたえよ。そのみ名をあがむべきことを語りつげよ。主をほめうたえ。主はそのみわざを、みごとになし遂げられたから。これを全地に宣べ伝えよ。シオンに住む者よ、声をあげて、喜びうたえ。イスラエルの聖者はあなたがたのうちで大いなる者だから」。
アーメン!
見えないものに目を注ぐ信仰―洗脳からの解放―
2026/2/9ブログより
holygirlです。
昨日(8日)行なわれた衆議院議員選挙は、自民党が3分の2を超える316議席を獲得する圧勝となりました。衆議院議員解散から投開票まで16日間、「戦後最短」「超短期決戦」と言われた選挙でしたが、自民党はポスターもSNSも用意周到で、翌日には掲載し臨むことができ、最初から有利な状況だったようです。高市政権のままで良いか国民に問う選挙は、国民から支持される結果になりました。政治資金パーティーを巡る裏金問題があった議員44人中41人が当選していることが異常であり、自分たちが納めた税金をポケットに入れていた事で連日大きな問題となっていたにも関わらず、今回の選挙はその事もなかったかのような結果に国民の判断力もおかしくさせられていると思いました。「裏金問題はあったが、この町に貢献してくれたから」という声・・・“自民党”なら誰でも良かったのか・・・私たちが住む静岡選挙区は、初めて全ての選挙区で自民党議員が当選しており、こんなに自民党が大勝してしまう結果には違和感を感じました。
しかし、それによって、創価学会(新興宗教)が母体である公明党と立憲民主党が結党してできた中道改革連合は議席を大きく減らして惨敗し、元立憲民主党の大物議員たちが落選し、共同代表である斎藤氏と野田氏が辞任の意向を表明することになりました。そもそも、野党第1党であった立憲民主党議員148人が、たった24人の公明党に吸収された時点でおかしな話でした。新興宗教が母体の政党は要りません。日本国民が創価学会や背後にある中国共産党を拒絶していることが明らかになったことが、今回の選挙のもう1つの目的であったのかと思える結果です。
自民党が3分の2を超える議席をとったという事は、これから参議院で否決された法案を衆議院で再可決(再検討・再議決)できる強力な基盤を確保したことになります。再検討事項の中には、憲法改正もあります。私たちがずっと警戒してきた[緊急事態条項](大規模災害、武力攻撃、テロ、感染症の蔓延などの非常時に、一時的に政府へ権限を集中させ、通常の憲法秩序や基本的人権を制限して対処する憲法上の規定)が可決されれば、国民の権利が制限され、内閣に立法権が集中、国会議員の任期が延長されることになります。内閣、国会議員が信頼に値する働きをしていれば懸念はありませんが、“今だけ、金だけ、自分だけ”の政治家だらけのこの国での緊急事態条項成立は、戦争、強制ワクチン、マイナンバーカードによる監視など、まさに人権を侵害される状況に陥ることになります。
特に自民党政権下で、ほとんどの国民がコロナワクチンを接種することになりました。政府が積極的に勧め、接種者が得する様々なキャンペーンが行われ、未接種者が生きづらい社会がつくられました。しかし、実際は災害級の死者を生み、多くのワクチン後遺症患者であろう人たちが、政府から救済認定ももらえずに苦しんでいます。高市首相自身も、コロナワクチン2回目接種後に、後遺症で苦しんだことを明言していました。今回の選挙、党首討論会で、ワクチンの話題はほとんどなく、この国は、自民党はコロナワクチンに対する総括をしていないままです。アメリカではすでに生物兵器であったと認められていますが、日本はいまだに接種を続けています。その中で、唯一公にワクチンを問題視していた政党が減税日本・ゆうこく連合の原口一博氏でした。参政党もずっとワクチン問題は取り上げていましたが、今回の選挙では移民問題を重要視していたように思います。
主要政党のほとんどが「消費税減税」を公約に掲げ、外国人政策として移民受け入れ問題を争点とする中で、政見放送でも党首討論会でも、当然演説の中でも、ゆうこく連合・原口代表はワクチン問題とその解決について訴えてきました。(余談ですが、ゆうこく連合は「消費税廃止」を訴えてきました。財源は消費税しかないと思わされているが、日本は世界一財源を持っている国であると!1989年に竹下内閣のもとで社会保障費の財源確保などを目的に消費税3%が始まりましたが、それ以前は消費税がなくても人々が生活できてきた時代があったのです。)
原口氏自身もコロナワクチン接種後に癌になり、ワクチンの影響であったことも検査によって明らかとなり、民主党議員の時から、参政党の神谷代表と共に国会で力強く責任追及をしてこられた一人です。多くのコロナワクチン反対派の有権者と共に活動もされてきました。
しかし、今回の選挙は突然のことで準備不足となり、ゆうこく連合が立ち上がったのは選挙4日前でした。ポスターも間に合わず、政党の広報に載らなかったり、選挙の比例名簿に名前がない投票所もありました。いまだに「ワクチン問題を訴える人は陰謀論者」という世論の見方もあり、結果、ゆうこく連合は共同代表の河村氏だけが当選、原口氏は比例復活もできず落選してしまいました。河村氏がどれだけの思いをもって国会でワクチン問題を訴えてくれるのかは分かりません。現状、国会で先頭に立ってワクチン問題について追及してくれる議員がいなくなったことは国民の命の問題につながることです。
私たちはクリスチャンとして、消費税や移民問題よりも、ビル・ゲイツという人間がワクチンで人口削減していることに注目するべきであり、命に関わるこの問題こそが人間にとって一番大事であると今週の集会で語られました。1月30日に、アメリカ司法省は、児童買春、性犯罪で起訴され、勾留中に死亡した富豪、ジェフリー・エプスタイン氏の捜査に関連する300万ページを超える資料を公開したのですが、その中に、クリントン夫妻とビル・ゲイツ氏が悪行が書かれていました。最近話題になっているのは、ビル・ゲイツ氏がロシアの少女たちと性行為をして性感染症になり、エプスタイン氏に治療薬の入手を頼んで、当時の妻に性感染症のための抗生物質を密かに渡そうとしたという事です。本人は否定していますが、そのような疑惑のある人物がつくっているワクチンを、世界一の金持ちだから権威があると信じて購入し、多くの人間に打たせている現実・・・アフリカではワクチンによる被害が多く出ており、すでに警戒されていますが、日本は強制ワクチンに向かおうとしています。
ワクチンを患者に打ってしまった医師たちの中には後悔している人もいますが、大々的に謝罪して、間違っていた!と声を上げる人はほとんどいません。国会議員の中にも、秘書がワクチン接種後に失明し、ワクチンの危険性を承知している人がいますが、国民の命を守る前に自分を守っていると原口氏が演説で言っていました。医師も国会議員も自分の立場が大事・・・しかし、私たちは人として、クリスチャンとして、命と体が大事であることを再確認しました。
今回の選挙で参政党は、公示前の2議席を大きく上回る15議席を獲得しました。原口氏と共にワクチン問題について戦ってきた神谷代表、参政党には、国民の命を守るために頑張っていただきたいです。
選挙3日前(5日)に、アメリカのトランプ大統領が、3月19日に高市総理を国賓待遇で迎え、日米首脳会談をホワイトハウスで行う予定だと明らかにし、全面的に支持すると表明していました。トランプ大統領がここまで行なってきた軍事作戦を思うと、日本のこの選挙もアメリカの思惑があり、出来レースだったのか・・・選挙当日の異常な雪も気象操作であったという話もありますし、「トランプ大統領は多極化勢が世論を誘導して、高市政権、自民党が大勝するのを知っていたから、声明を出した。裏金問題議員はじめ、高市首相様々の議員が大勢いる今、やりたいようにできる。大勝利を土産に高市首相は3月にトランプ大統領に会い、表向きは自分のやりたいようにやるが、実際はすべてトランプ大統領の指示に従い、党内のリベラル派、緊縮財政派を抑えていく。それによって日本の真の独立がある」という見方をしている人もいます。見えるところでは懸念だらけですが、見えないところでの動きがあるとするなら、希望があります。
今まで「なぜ集会で政治の話をしているんだ!政治と宗教は別!」という声を上げる外部の人がいましたが、日常に政治・政策は根差しているからこそ、聖書と照らし合わせていくことが重要であり、その上でどの政党が神の御心にかなったことを言っているのかを見極めること、内閣・与党(日本の上に立つ権威)が正しい判断をしていけるように祈っていくことが求められるのだと、私たちは語られてきました。逆に、「この世のことは関係ない!聖書だけ知っていれば良い!」と言って、聖書の内容だけを教えている教会、そう考えているクリスチャンが多いからこそ、世間から見たらクリスチャンは世捨て人のように、カルト信仰のように思われるのです。この国のために祈り、日本人の救いを求めているなら、誰よりも政治に関心をもち、見えるところだけではなく、霊の世界に目を向け、この国を覆う見えない霊力と戦っていかなければなりません。
今週の集会は、選挙結果が出る前に行われましたが、霊の世界においては日本人は皆洗脳されてきたのだと語られました。今回の選挙一つとってもそうですが、社会の様々な動きを見て、おかしいと思わないのか?なぜ主要政党はワクチンの事を話題にしないのか?なぜ日本人は自分の思っていることを言葉にしないのか?間違っていることをまっすぐ指摘しないのか?間違っていたことを素直に正直に謝罪しないのか?霊を見分けていけば、おかしい事だらけですが、言えないのは、恐れの霊、自己中の霊、自己愛の霊、自己憐憫の霊があり、サタンに“お金”を握らされているからです。
消費税の事一つとっても、納めなければ財源がなくなると思わされてきました。だまされてきました。戦後、井の中の蛙で、当たり前だと思わされてきたことがたくさんあるのです。そもそも、先祖代々神道、仏教を信じてきた日本人ですが、それも土台は聖書、イエス・キリストであった事が明らかにされている今です。
「自分は大丈夫!日本は大丈夫!」と信じて日本丸という船に乗っていても、足元にすでに浸水して沈みかけていることに気付いていません。結婚を軽んじ、相手が気に入らなくなればすぐに離婚し、「バツ1、バツ2」と恥ずかしげもなく簡単に言えてしまう世の中、家庭崩壊し、精神を病み、自殺者が多い国、偽の歴史を教え、LGBTといった多様化を推し進める教育機関、30年間初任給は上がらず、戦後の小麦文化で多くの病気(難病)を身に刈り取っている現実、一部の富裕層だけが得をし、肉欲のままに生きている社会構図があるのに、まったく危機を感じないまま、“今だけ、金だけ、自分だけ”で生きている日本人は完全に洗脳されてしまっています。
船に乗って波に揺られているうちに、“船酔い”をする人が多いですが、日本人は“この世酔い”をしているとも言えます。身近な様々なことに振り回され、見るもの、聞くもの、食べるものによる誘惑に負け、情報や現実問題に心を騒がせているうちに正常(健全)な判断ができなくなっているのです。また、先週語られたように、3代4代に渡る呪い祟りの血によって、「私はこういう人!私の考えはこう!私は小さい時から、言葉が出ない、偏食がある、こういう事が苦手・・・」といった思い込みもあり、そこに囚われていることで、判断を誤ります。特に日本人はその慣れ親しんできた悪霊力(英語でファミリアスピリット、日本語で占いの悪霊)が強すぎると語られてきました。これも洗脳です。神の目から見たら、肉が強いのです。強すぎるのです!結局、肉が強い人は、3代4代に渡る血の呪いも強いと言えます。
創世記2章16節~17節に、【主なる神はその人に命じて言われた、「あなたは園のどの木からでも心のままに取って食べてよろしい。しかし善悪を知る木からは取って食べてはならない。それを取って食べると、きっと死ぬであろう」。】と書かれてあります。
アダムとエバは、蛇(サタン)にそそのかされて、善悪を知る木から実を取って食べて霊が死に、目が開けて裸であることを知り、恥ずかしいという感情が生まれて、いちじくの葉で体を隠しました。そこから、人間は自分の知性と感情で物事を判断するようになり、現代に至るまでその血が受け継がれています。神は、善悪を知る木=自分の知識から答えを出したら死ぬとおっしゃいました。食べもの、つまり自分の内に取り込むものから姦淫が始まります。何を食べる、何を着る、何色を選ぶ、どの道に行く、誰とする・・・一つ一つ判断が必要ですが、自分の肉の思いに従って、これが食べたい!腹が立つからあの人の悪口を言いたい!ストレス発散にライブに行きたい!というように生きてきたのが救われる前の人間です。
これが私、これが日本、こういうのが日本人と思わされてきたものは一掃されなければなりません。日本、日本人の性質は外国人に称賛されてきたかもしれませんが、内情はボロボロです。住みづらい、生きづらい、不必要なワクチン接種を続けていつ命を落とすかも分かりません。皆の洗脳が解かれて危機感を感じ、救われなければなりません。
そして、救われたら、今まで従ってきた肉の思いはどこから出たのか、何がきっかけだったのか、何をカシラにしていたのかが分かるようになります。それを見せてくれるのが聖霊の力です。
ただし、救われてクリスチャンになっても、肉で生きるのか、霊で生きるのかはその人次第、意志にかかっています。贖い出された地であるエジプトに自ら戻っていくなら、悔い改めて再び戻る意志を向けなければ、聖霊は働けません。そうなる前に、聖霊は十分に「その道は危険だ」と霊にノックしていたでしょう。助け主聖霊は常に助けようと思っていても、肉(我)が強く、3代4代の呪いが強ければ、手出しできないのです。
ある兄弟は、家庭内での妻に対する不満と裁きから、ストレス発散を求めて、KPOPのライブに行きました。KPOPに興味はなく、自分から行きたいとは思いませんでしたが、友人がチケットをくれたので、せっかくなら楽しもうと、ライブに行くまでに好きな楽曲があるか聞いて調べ、向かいました。兄弟は救われる前からライブに行くのが趣味でしたが、肉に心地よく霊性を汚す音楽がもつ霊力に気を付けるように語られてきていました。以前、「危険だから行かないで!」と忠告する妻の反対を押し切ってライブに出掛けたことで、死の使いによって体が硬直して冷たくなり、命を奪われそうになる体験もしていました。今回も肉の思いを押し切ってライブに行く兄弟に、妻と牧師が警告をしましたが、「心をとられることなく、友人と良き交わりをしてきます」と言って、決行しました。心をとられない・・・それは自分で制することはできません。一目惚れと同じで、一瞬の出来事です。それがサタンの策略です。
皆の祈りの中、無事に行って帰ってくることができ感謝でしたが、チケットがタダでもらえたから行く・・・せっかく行くなら楽しむ・・・で、良い経験になったと話す兄弟に、牧師は「この先も、タダなら行きますか?お金がカシラであれば、また姦淫の霊が動いて友人が使われます」と忠告し、そもそもなぜライブに突っ走ってしまったのか、今週の集会で根本的原因を聞いていきました。それが夫婦間の問題にあったことが明るみとなり、それによって娘も精神的に不安定になって皆が苦しい状態にあったことが分かりました。妻が夫に不作法をしてきたことを悔い改め、孤独でやぎになりかけていた兄弟も妻をゆるしてイエス様にたちかえり、夫婦が一つ思いで立ち上がったことで、娘も平安を取り戻すことができました。
先週、プライドの霊を語られた姉妹もそうですが、「私はこういう人間」「救われる前からこれが好き!」という洗脳が解かれて、どうするべきか考えて正しい判断をし、立ち上がってこそ、180度生まれ変わった証、神に喜ばれるクリスチャンであると言えるのだと言えます。人の目を気にして生き、人に嫌われないように発言して人に受け入れられても、神に喜ばれてなかったら、カルト信仰、「これが正しい」と洗脳されています。
また、神より大事なもの、兄弟のように、握ってしまったら神の言が聞けなくなるものがあることも、危険です。家庭内の霊力は、子どもや、外に出てもあらわれることも語られました。
3代4代に渡る呪い祟りの血を、イエス様の血に変えることができたのが私たちクリスチャンです!それによって、千代に及ぶ祝福を得る始まりの代となることができました。逆にせっかくクリスチャンになったのに、自分から出る言葉、行動次第では、子ども、孫が受けるべきだった祝福が一転し、呪い祟りになる、子孫が不義を負うことになることを思うと、どれだけ救われて“個”として下ったイエス様の血の力を大事にし、信仰を守り貫かなければならないか語られました。
特に今週話題にあがったのは、アトピー性皮膚炎です。霊の世界で言えば、これは先祖からの汚れた霊です。先祖の不義、当たり前だと洗脳されて見聞きし、信じてきたものによる汚れが、子孫に現れてくるのです。しかし、救われて、イエス様の血によって3代4代に渡る呪い祟りの霊を断ち切ったことによって、一瞬にしてアトピー性皮膚炎が癒された兄弟姉妹がぶどうの木には何人もいました。そして、再び神に逆らって不義を犯すなら、症状が戻ってくること、両親が不義を犯すなら、子どもにアトピーが戻ってくるのも見せられました。様々な病気も、それぞれが抱えている現実問題も、肉で見るのではなく、それを来たらせた霊の世界、悪霊の存在があり、それを知ることができるのが聖霊の力であることも再確認しました。
祈り一つも、見えている状態、状況を受けて言葉にするのではなく、霊から祈るなら、思わぬ悪霊の名が内から出てくることがあります。その時に、「裁きの霊?私は裁いていない・・・妬みの霊?あの人を妬んでなんかいない・・・」と肉で否定するのではなく、言葉にして追い出すことで一瞬にして解放されるのだと語られました。
また、癌と戦っている姉妹が、なかなか癒しを勝ち取れないことに落ち込んでいた事に対しても、牧師から「霊の世界においてどれだけの勝利を得てきたか、そこを見て喜びなさい」と語られました。迫害側にいた夫が救われ、今共に信仰をもって立ち上がってくれていること、両親の救い、友人の救い、医者から脅されていた症状も出ずに元気に過ごせていることなど、姉妹にはたくさんの証が伴っていました。「私の身体に流れているのはイエス様の血!私はその血から栄養をえて恵まれている!生かされている!細胞は日々つくり変えられている!毎日生まれる癌細胞にも、神から頂いた免疫で勝っている!」と宣言し、よく食べ、よく寝て、笑い、喜んで、賛美して免疫力をあげること!そして、自分の事、自分の状態、周りの家族の状態にばかり目を向けるのではなく、自分のことは神がかえりみて下さっているという信仰で、人のために祈るなら、癒やしも、証も、祝福もますます伴っていくのだと語られました。
また、自分なりの義の世界で生きていたら頑固になり、視野が狭くなり、隣人愛がなくなって他者に対して無作法になります。それもカルトの霊によるものであると語られました。
改めて、洗脳・“この世酔い”からの解放を得るためにはどうすれば良いのか・・・「いつも変わらないまっすぐな水平線をじっと見つめていると船酔いしない」と言われるように、いつまでも変わらないものに思いを集中して心を落ち着かせる事であると語られました。
私たちが通常頼りにする健康、財産、家族、地位、学歴、資格などは、状況の変化に応じていつでも変わるものです。しかし、【イエス・キリストは、きのうも、きょうも、いつまでも変わることがない】(へブル13:8)と書かれてある通り、イエス様、このみことばこそ、いつまでも変わることのないもの、本当の平安を与えてくれるのだと語られました。【天地は滅びるであろう。しかしわたしの言葉は滅びることがない】(マタイ24:35)というイエス様の言葉にまさるものはありません。そして、聖霊によって与えられる実、御霊の実は、【愛、喜び、平安・・・】(ガラテヤ5:22)と書かれてあるように、心を騒がせずに信仰をまっとうする秘訣は、いつも聖霊に満たされていること、満たされているためにみことばと賛美で自分の霊を立たせ、常に真っ新な状態であることだと語られました。
人間は生まれた限りは死ななければなりません。それは人類皆に平等に与えられている事です。そして、神の御前で最後の審判がりあり、永遠の命を天国で過ごすのか、地獄で過ごすのかが決まります。
この世を支配してきた悪人たち、地獄行きが決定しているサタンに魂を売った人々は、それを知っているため、幼い子ども達を痛めつけ、若返りの薬(アドレノクロム)で何とかこの地上で長く生きようとしています。内臓移植を繰り返せば、150年は生きられる時代です。死ぬのが怖いのです。そういう人たちが、ここまで私たちの指導者として君臨してきたのです。
しかし、人間をいつまで生かすのか、いつ命を取るのかを決めることができるのは創造主である神だけです。その間、どう生きるのか、どのような死を迎えるのか、究極人間は死に向かって生き、この地上は永遠の命を天国か地獄のどちらで過ごすかを決めるステージであると聖書は教えています。そして、イエス・キリストを信じて救われ、この地上で神の御心・みことばに従って生きたクリスチャンだけが死んだ後、天国に行き、千年王国ができた時に、また肉体をもらって過ごすことが約束されています。千年王国にサタンはいません。ですから、クリスチャンの死は、新しい肉体をもらうまでの休息時間であり、肉体は滅びても永遠に死なずに、再び会えることが約束されているから、喜ばしい事なのです。
どんな人生を歩んできても、どれだけ神の御前で罪を犯してきても、神のあわれみで救われた時に、悔い改めて180度真反対の歩みをするのなら、そこに達することができます。終わりよければ全て良し!ですから、クリスチャンの使命は、皆がそれを知って救われるように、洗脳から解かれて神の御心の人生を生きられるようにする事であり、そのために生かされているのだと語られました。
今週の集会では、コリント人への第1の手紙から、日本人の覚醒のために、もっと私たちがキリストと一体となる体験、花嫁となる訓練の道を求めていかなければならないこと、通れないところは通させない神ですが、着実にハードルは上がること、それはできるから、通れるからさせてくださる神の愛であることも語られました。
第1コリント1:18〜31
十字架の言は、滅び行く者には愚かであるが、救にあずかるわたしたちには、神の力である。 すなわち、聖書に、 「わたしは知者の知恵を滅ぼし、 賢い者の賢さをむなしいものにする」 と書いてある。 知者はどこにいるか。学者はどこにいるか。この世の論者はどこにいるか。神はこの世の知恵を、愚かにされたではないか。 この世は、自分の知恵によって神を認めるに至らなかった。それは、神の知恵にかなっている。そこで神は、宣教の愚かさによって、信じる者を救うこととされたのである。 ユダヤ人はしるしを請い、ギリシヤ人は知恵を求める。 しかしわたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝える。このキリストは、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものであるが、 召された者自身にとっては、ユダヤ人にもギリシヤ人にも、神の力、神の知恵たるキリストなのである。 神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからである。 兄弟たちよ。あなたがたが召された時のことを考えてみるがよい。人間的には、知恵のある者が多くはなく、権力のある者も多くはなく、身分の高い者も多くはいない。 それだのに神は、知者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選び、 有力な者を無力な者にするために、この世で身分の低い者や軽んじられている者、すなわち、無きに等しい者を、あえて選ばれたのである。 それは、どんな人間でも、神のみまえに誇ることがないためである。 あなたがたがキリスト・イエスにあるのは、神によるのである。キリストは神に立てられて、わたしたちの知恵となり、義と聖とあがないとになられたのである。 それは、「誇る者は主を誇れ」と書いてあるとおりである。
アーメン。
私たちがキリスト・イエスにあるのは、神によるのであり、イエス様に知恵があり、義と聖とあがないとがあります。無きに等しい者として選ばれ、救われた私たちは、イエス様に繋がってこそ、この世の知者、賢い者、学者、論者と言われる人々に神の知恵によってまさることができ、賢く福音宣教していくことができるのだと語られました。
第1コリント2:1〜5
兄弟たちよ。わたしもまた、あなたがたの所に行ったとき、神のあかしを宣べ伝えるのに、すぐれた言葉や知恵を用いなかった。 なぜなら、わたしはイエス・キリスト、しかも十字架につけられたキリスト以外のことは、あなたがたの間では何も知るまいと、決心したからである。 わたしがあなたがたの所に行った時には、弱くかつ恐れ、ひどく不安であった。 そして、わたしの言葉もわたしの宣教も、巧みな知恵の言葉によらないで、霊と力との証明によったのである。 それは、あなたがたの信仰が人の知恵によらないで、神の力によるものとなるためであった。
アーメン。
私たちは人の知恵ではなく、人に無理矢理すすめられて神を知ろうとしたのでもなく、自分自身が神と出会い、神の力によって信仰を持ちました。ですから、迫害を受けてたった一人になったとしても、心騒がせることなく、この神を信じて生きて間違いない!というぶれない強さがあります。どれだけ迫害を受けようと、自分自身が十字架にかかる必要はなく、必ず守られる、死にも勝利された力ある神を信じているという信仰があります。改めて、その信仰をもって祈ることができているかも問われました。信仰の歩みの中で証を得て、証による確信をもって祈るなら力があり、「絶対大丈夫!」という信仰によって聖霊も働きますが、「私が祈っても・・・」と思っている時点で、不信仰であり、イエス様の力を小さいものだと思わせる洗脳を受けているのだと語られました。
第1コリント2:6〜16
しかしわたしたちは、円熟している者の間では、知恵を語る。この知恵は、この世の者の知恵ではなく、この世の滅び行く支配者たちの知恵でもない。 むしろ、わたしたちが語るのは、隠された奥義としての神の知恵である。それは神が、わたしたちの受ける栄光のために、世の始まらぬ先から、あらかじめ定めておかれたものである。 この世の支配者たちのうちで、この知恵を知っていた者は、ひとりもいなかった。もし知っていたなら、栄光の主を十字架につけはしなかったであろう。 しかし、聖書に書いてあるとおり、 「目がまだ見ず、耳がまだ聞かず、 人の心に思い浮びもしなかったことを、 神は、ご自分を愛する者たちのために備えられた」 のである。 そして、それを神は、御霊によってわたしたちに啓示して下さったのである。御霊はすべてのものをきわめ、神の深みまでもきわめるのだからである。 いったい、人間の思いは、その内にある人間の霊以外に、だれが知っていようか。それと同じように神の思いも、神の御霊以外には、知るものはない。 ところが、わたしたちが受けたのは、この世の霊ではなく、神からの霊である。それによって、神から賜わった恵みを悟るためである。 この賜物について語るにも、わたしたちは人間の知恵が教える言葉を用いないで、御霊の教える言葉を用い、霊によって霊のことを解釈するのである。 生れながらの人は、神の御霊の賜物を受けいれない。それは彼には愚かなものだからである。また、御霊によって判断されるべきであるから、彼はそれを理解することができない。 しかし、霊の人は、すべてのものを判断するが、自分自身はだれからも判断されることはない。 「だれが主の思いを知って、彼を教えることができようか」。しかし、わたしたちはキリストの思いを持っている。
アーメン。
目がまだ見ず、耳がまだ聞かず、人の心に思い浮びもしなかったことを、神は備えてくださっています。ですから、見える世界、現実問題に振り回されて、心を騒がせ、不信仰に陥っていてはなりません。神の霊によって、神から賜った恵みを悟れているかと問われました。祈り求めていても、時が満ちた時に与えられるものもあれば、誰かに対して言えることや、進めていけることもあります。神は全て御存知で、全ての人の状況を把握して、秩序正しく働いてくださいます。霊によって霊のこと、霊の世界の動きを解釈できるようになったら、どんなに平安でしょう。霊によって霊のことを解釈する訓練を求めていくよう語られました。
そして、生まれながらの人、肉の人は、神の御霊の賜物を受け入れず、霊の世界のことが解りません。肉が強すぎたら、肉欲で走るその道は危険だ!と言われても、「気を付けるから大丈夫!大袈裟だ!いちいち口出ししないで!」と反発し、嘲ります。頭で理解できないことは、カルトだと思います。しかし、霊の人は、主の思いを知っているからこそ、教え、語り続けなければなりません。それがだれからも判断されることのないキリストの思い、神の愛であるのだと語られました。
ヨハネ6:63〜66
人を生かすものは霊であって、肉はなんの役にも立たない。わたしがあなたがたに話した言葉は霊であり、また命である。 しかし、あなたがたの中には信じない者がいる」。イエスは、初めから、だれが信じないか、また、だれが彼を裏切るかを知っておられたのである。 そしてイエスは言われた、「それだから、父が与えて下さった者でなければ、わたしに来ることはできないと、言ったのである」。 それ以来、多くの弟子たちは去っていって、もはやイエスと行動を共にしなかった。
アーメン。
ここからどんな日本になっても、私たちの国籍は天にあり、霊によって霊のことを解釈できる賜物を頂いています。見えるところでの判断、人の基準ではなく、一人一人が決して変わることのない神の基準、聖書と照らし合わせて物事を見て、霊を見分け、神の御心を悟り歩んでいけたことを感謝して祈ります!キリストの肢体は1つ、ますます互いに祈り合い、強い絆で結ばれて一致の思いで前進していきます。
